弊所は、ジョセフ・ライトステッタ教授によりベルリンにおいて1928年に設立されました。ライトステッタ教授は著名なコロイド化学者であり、1917年以降、自身の専門分野で80以上の論文を発表しました。ライトステッタ教授はやがて、研究および産業にとっての特許の重要性を認識しました。こうした理由から、ライトステッタ教授は、科学者としてのキャリアを追求しながら特許弁理士になることを決意しました。1930年以降、ライトステッタ教授は「Journal of Colloid Chemistry」の特許セクションを編集し、「Fortschritte in der anorganisch-chemischen Industrie an Hand der deutschen Reichspatente dargestellt」(「ドイツ国特許の事例に見る無機化学産業における進歩」)(ユリウス・シュプリンガー・ベルリン、1925年)などの特許に関する書籍を執筆しました。
1949年にドイツ特許庁がミュンヘンに再建されると、弊所の本部はミュンヘンに移転しました。
1972年には、ヴェルナー・キンツェバッハ博士がパートナーとして弊所に加わりました。彼は、弊所の事業を拡張して、化学および医薬産業における大手クライアント様にも対応し、バイオテクノロジー発明に関連する特許訴訟を最初に引き受けた1人でした。このようにして、彼は弊所の現在の中心的事業への道を開きました。キンツェバッハ博士はまた、「アルキレンジアミン」、「四倍体カモミール」および「臨床試験I」訴訟などでドイツ連邦裁判所から画期的な判決を勝ち取り、さらにアルファーインターフェロン/ビオゲン訴訟のように欧州特許庁の技術審判部の審決を勝ち取るうえで重要な役割を果たしました。
業務の拡大に伴い、1995年、ルートヴィヒスハーフェンを拠点としていた化学産業に近いことから、同地にオフィスを開設しました。
現在、弊所は知的財産権に関連する全ての領域に携わっております。弊所は特許および実用新案、商標および工業意匠を専門としております。